人物描写について

『世界の中心で、愛をさけぶ』でよくある書評のひとつに、人物描写が浅くて感情移入ができない、というのがあります(リンクは貼りません)。
どこから切り崩してもいいのですが、このサイトの使命は下らない書評を切り崩すことではなく、素晴らしい本を分析評価することにあります。
したがって、今回のテーマは「セカチューの人物描写は浅いのか」、これでいきます。

人物描写は必要か

最近、小説を書く人のための入門書なるものを片っ端から読み漁っていますが、どの入門書にも書かれていることが一つあります。
それは、描写のない(少ない)小説は成立しないというものです。

どんな世界かがわからなければ、どんな人物かがわからなければ、人物の行動が妥当かどうかを判断できませんし、読んでも理解はできません。当然のことです。

もっと詳しく言えば、描写が求められるのであって、説明が求められるのではありません
例えば――サクは後先のことを考えない性格で云々、などと書いてはいけません。
後先のことを考えない性格とは具体的にどういうものか。そんな性格の人物が具体的に起こす行動は何か。それらを考慮した文章によって、読者に「こいつ(=サク)は後先のことを考えない性格をしているな」と思わせること。それが描写です。

だから作者は、あの手この手を使ってサク(主人公です!)の描写をするわけです。
ラブホテルにアキを連れ込んで失敗したり、無人島で二人きりで過ごす計略を立ててアキに見破られたり、重病人のアキを病院から連れ出してオーストラリアを目指したりしながら、後先のことを考えない性格だと思わせる描写を繰り返すわけです。

なお、説明によって描写の代わりとするテクニックも存在します。
有名な方法は、誰か他人の口から説明させるというものです。一人称の小説で「ぼくはこういう性格だ」と書くよりも、第三者に「あなたはこういう性格だから」と話させた方が自然ですよね。もっとも、やりすぎるとどんな小説も二時間サスペンス劇場のように見えてしまうという恐ろしい副作用がありますが。
実は、サクの後先のことを考えない性格を説明する際に、一箇所だけこのテクニックが用いられている箇所があります。

「昔の神話なんかに、好き合ってる二人の思いが大地を動かすみたいなのがあるじゃない」気を取り直して言った。「すごく好き合ってる男と女がいて、ある事情で仲が裂かれてしまう。女の父親とか兄弟なんかが邪魔をしてさ」
「それで?」
「離ればなれになるわけだ。男は島とかに流されちゃって、小舟では会いにいくこともできない。でも二人の思いはとても強い。すると何キロも離れていた島が、少しずつ近寄ってきて最後にはくっついちゃうとか。二人の思いが島を引き寄せたんだ」

(中略)

 アキは不自然なだみ声をつくり、「広瀬、恋愛も結構だが勉強もしっかりしなくちゃな。数学で赤点をとるようではいかんぞ」と言った。
「なんだよ、それは」
「とくにあの松本なんてやつとは、ほどほどに付き合うように。あいつはおまえの人生を台無しにしかねない。思い詰めると、前後の見境なく島まで引っ張ってきてしまうようなやつだ」

サクが言い出したフレーズを借用して、学校の先生ならきっとこう言うだろうとアキが想像した言葉を使っての説明です。実に手が込んでいます。
プロの文章はこういうところが違うんですよ。誰にでも書けるなどと思ってはいけません。

人物描写は浅いか

しかし、人物描写が浅いと主張する人の気持ちもわからないではありません。
その人がどんな人物描写を求めているのかを想像しながら、セカチューを斬ってみましょうか。

サクはどんな服を着て学校に通っているのでしょうか?
身長は? 体型は? 髪型は? 顔はイケメン? 眼鏡はかけていますか?
(1992年時点での成人の視力矯正率は50%を超えています。参考まで)
足は長いですか? 声はもしかして「安田大サーカス」のクロちゃん似ですか?
はい、ほとんど何も描かれてはおりません。お酒を飲んでも顔が赤くならないとか、そういうことは詳しく書いてあったように思いますが。

では、アキの外見はどうでしょう?
ナウシカを少し虚弱にした感じなのは、中学生の頃の容姿ですよ。
高校生になってからは? 禿げ頭?
(アキの髪型に関するこの描写は実際に存在します)

まあ、ここら辺で止めておきますが、とにかく視覚に訴えかける人物描写が非常に乏しいのがセカチューの特徴でしょう。
で、「それがどうかしましたか?」というのが私の評価です。
セカチューは登場人物の外見に重きを置いていません。その理由は、小説のテーマを語る上で不要だからです。

「目に見えるもの、形あるものだけがすべてだと考えると、わしらの人生は実に味気ないものになるんじゃないかね」と祖父は言った。

その代わり、二人の内面については実に詳しく描写してあります。
将来どんな夢を抱いている(いない)か。結婚についてどんな考えを持っている(いない)か。どんな死生観を持っている(いない)か。恋人がいなくなった世界についてどう思うか。
ただし、お互いのことをどう思っているかについては、意図的だと思いますがほとんど描かれてはいません。そこは読者の想像に委ねられているのです。


それでもきっと、いや間違いなく致命的です。
ライトノベルの入門書では、登場人物の外見が想像できる程度に描写することが条件として求められる、と書かれています。
しかも、これは最低条件です。読者がキャラクターにどの程度感情移入できるか。萌えられるか。そこまで考えて描写しないと「キャラが立っていない」と言われて終わりなわけです。
ええ、ライトノベルの世界では――です。

「人物描写が浅くて感情移入ができない」という意見、おっしゃる通りでしょう。ただし、それは恐らくライトノベルの価値観で見た場合のことです。
セカチューはライト感覚で売れましたが、決してライトノベルではありません。サクやアキのファンタスティックなイラスト満載の本があっても面白いだろうとは思いますが、やはりそれはセカチューではないような気がします。
セカチューは純文学です。登場人物の心理描写をテーマにした小説をライトノベルの価値観で評価したらどうなるか。結果は明白です――冒頭に掲げた書評のように。

逆に、どちらかといえばビジュアル面に力を入れた人物描写の小説を読みたければ、ライトノベルを中心に読まれることをお勧めする次第です。


最近読んだライトノベル。角川文庫からの発刊です。
(富士見ファンタジア文庫の方は絶版っぽいです)


同小説の漫画化作品。私は号泣しました。
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