はじめに

あれは確か、2004年8月のことでした。
『世界の中心で、愛をさけぶ』(以下セカチュー)は、既にブームを超えて社会現象として認知されていました。
当時は映画はもとより現在進行形のドラマも観たことがなかった私が、当たり前のように平積みになっていたセカチューの単行本を手に取ってみた理由は、本当に単なる好奇心からでした。

これだけのブームを巻き起こしたセカチューとは果たしてどんな物語なのでしょうか。

その時はパラパラと立ち読みで済ませました。
特に感動することもなく、もちろん泣くこともありませんでした。
ただ、何とも形容しがたい"何か"が、いつまでも残りました。

その"何か"を解決するために、私は二次作品を片っ端から漁りました。
そこには、私が立ち読みした時に感じたものとは違う「感動のストーリー」がありました。
私は書店に戻り、あらためて買い求めた単行本を、今度はじっくりと読み進めることにしました。

純愛ブームと商業ベースに乗せられた感のあるセカチュー。
しかし、セカチューの本質は決して純愛ではありません。
だからといって、純愛ブームに乗って作られた二次作品に魅力がないというわけではありません。

それぞれの作品に、少しずつ違った味わいと感動があります。
そして、これこそがセカチュー最大の魅力ではないかと私は思います。


エンタテインメントの好き嫌いは人それぞれであると言われます。
このサイトはすべて私の主観や思い込み、そして妄想によって作られたものです。
中には一笑に付されるような内容もあることと存じます。
いや、こんなマニアックなサイトを構築すること自体がイタイという指摘もあることでしょう。

それでも私は、セカチューのファンであることをやめません。
「世界の中心」に、少しでも近づくために。