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    <title>世界の中心で、愛をさけぶドットコム</title>
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    <updated>2009-12-17T11:10:15Z</updated>
    <subtitle>セカチューに魂を奪われた管理人が送る、マニア向けファンサイト。
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    <title>繰り返しの構造</title>
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    <published>2009-12-17T11:02:35Z</published>
    <updated>2009-12-17T11:10:15Z</updated>

    <summary>小説中の実にさまざまな場面で、繰り返しの構造を見いだすことができます。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="作品分析・評価" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<p>久しぶりの更新になります。<br />
もちろん、このサイトのことを忘れていたからではありません。その証拠に、今日は<strong><a href="http://sekai-ai.com/inside/ticket-on-17dec.html">十二月十七日</a></strong>。<br />
あんなに元気だった恋人が死の病に冒され、夢破れて空港で倒れてしまうまでの四か月。<br />
それと同じだけの空白をこのサイトで体験していただいたことになるわけですが。</p>

<p>その四か月のうちに、私は小説の技法の研究などをしておりました。<br />
読む側ではなく、書く側に立った小説の分析。なかなか新鮮な体験です。<br />
<a href="http://sekai-ai.com/analysis/time-paradox.html">時系列をひっくり返した物語</a>を書くのが想像にも増して困難だということを、私は今回の分析で痛感しました。</p>

<p>その一方で、思ったよりも簡単に書けるのではないかと僣越ながら思ったこともありました。<br />
たとえば、『世界の中心で、愛をさけぶ』でも多くの箇所で見出される<strong>繰り返しの構造</strong>などです。</p>

<p>小説中の実にさまざまな場面で、この繰り返しの構造を見いだすことができます。<br />
最初と最後に城山に登ること、ラジオの番組に耳を傾けること（リクエスト葉書の場面と夢島の場面）、主人公が病院へ見舞いに行くこと（大木とアキ）など。<br />
残酷なところでは、冗談めかして書いた内容が現実のものとなってしまうことや、三人で夢島に渡ったこと――ただし、二度目の時にはアキはもうこの世にいなかったのですが。<br />
すべてを列挙するのはここで割愛させていただきますが、このような繰り返しが他にも十から二十は隠れているはずです。</p>

<p>このような小説を書き上げるのは一見難しいことのように思いますが、実際には<strong>入念な設計</strong>を事前に行うことによって、意外と簡単に繰り返しの構造を組み込むことができます――もちろん、文芸作品として面白いものに仕上がるどうかは、また別の話です。</p>

<hr />

<p>たとえば、このようにします。</p>

<p>まず、小説を書き始める前にストーリー（正確にはプロット）を<strong>場面</strong>に分割します。<br />
『世界の中心で、愛をさけぶ』がどれだけの場面から構成されているか。ここでは検討しませんが、経験則と全体分量から見積もると60～70場面といったところでしょう。</p>

<p>次に、それぞれの場面についての<strong>情報</strong>を整理していきます。<br />
たとえば、第一章第１節、場面番号１。<br />
場所。主人公（サク）の自室からケアンズ行きの機内まで。<br />
日時。1993年2月のある日、朝から午後まで。<br />
登場人物。サク、サクの両親、アキの両親、それにアキの遺灰。<br />
概要。目が覚めると泣いている主人公、恋人の灰をまくために恋人の両親に同行してオーストラリア行きの飛行機に乗る。無常感をただよわせる主人公。<br />
こんなところでしょうか。この作業を、中学校の校庭でのラストシーンに至るまで余すところなく続けていきます。<br />
すべて完了したら、全体を一枚の表にまとめて俯瞰してみます。</p>

<p>ここからが、繰り返しの構造を組み込む作業になります。<br />
たとえば最初の場面で、ドライブインから眺めた青い海を描写するとします。<br />
しかし、海が登場する場面は他にもあります。有名なところでは夢島とか。あるいはケアンズとか。<br />
複数の場面で繰り返しを用いたければ、該当するそれぞれの場面の「伏線」欄に同じキーワードを書き込んでおきます。<br />
たとえば第三章第８節、場面番号50（適当です）。ここに「青い海」と書いておきます。サクが夢島を回想する場面に現れる海の描写を、場面番号1のそれと同じにするわけです。<br />
何も欠けていなかった海と、アキだけが欠けた海。繰り返しは対比となって、私のような読者の胸を打ちます。</p>

<p>もう一例だけ挙げます。<br />
たとえば、ラストシーンの「伏線」欄には当然のごとく「灰をまく」というキーワードが記されているでしょうが、場面分割表に「灰をまく」と記されている場面がラストシーン以外に少なくとも４箇所あるはずです。<br />
墓を暴いた後で祖父がサクに頼み込む場面。サクがアキの両親とウルルで実際に灰をまく場面。大木と二人で夢島に向かう場面。<br />
そして最後は――古文の授業で使われた『竹取物語』です。帝が山の頂で不死の薬を焼く場面、あれは「灰をまく」の伏線として用いられているのです。</p>

<hr />

<p>片山恭一先生がこのような方法で小説の基本設計をしたのかどうか、確認したわけではないので定かではありません。ただ、しっかりした構造の小説を書こうと思うのであれば、同種の作業を欠かすことは絶対にできません。<br />
少なくとも、そう信じるに足りる理由を私は持っているのです。</p>]]>
        
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    <title>学校の帰り道</title>
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    <published>2009-08-28T22:43:16Z</published>
    <updated>2009-08-28T22:52:17Z</updated>

    <summary>いつもあっという間に分かれ道まで来てしまう。
そんな学校からの帰り道を紹介します。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="聖地巡礼" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="宇和島市佐伯町付近" src="http://sekai-ai.com/images/schoolway1.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>いつもあっという間に分かれ道まで来てしまう。<br />
そんな学校からの帰り道を紹介します。</p>

<blockquote>

<p>ぼくたちは黙って大名庭園の方へ歩いていった。途中にグラウンドと歴史博物館がある。</blockquote></p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="天赦園　入口" src="http://sekai-ai.com/images/schoolway2.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="グラウンド・伊達博物館前" src="http://sekai-ai.com/images/schoolway3.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>大名庭園とは天赦園、歴史博物館とは伊達博物館です。<br />
なお、グラウンドは改築中の市立宇和島病院の臨時駐車場になっていました。</p>

<blockquote>

<p>城下町という名前の喫茶店もある。一度、学校の帰りに入ったことがあるが、コーヒーが不味いので二度と行かない。</blockquote></p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="喫茶「城下町」" src="http://sekai-ai.com/images/castletown1.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>本当にコーヒーが不味いのかどうか、気になりますよね？<br />
もちろん、注文しましたよ。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="喫茶「城下町」のコーヒー" src="http://sekai-ai.com/images/castletown2.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>小説を読んで訪れるファンが多いのでしょうか、私もその一人だと見破られたようで、ちょっと恥ずかしかったです。でも、もっと恥を知った方がいいような気もします。<br />
なお、コーヒーは<strong>素晴らしく美味しかった</strong>ことをここに付け加えておきます。</p>

<blockquote>

<p>古い造り酒屋の前を過ぎて、街中を流れる小さな川のほとりまで来た。</blockquote></p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="古い造り酒屋らしき建物" src="http://sekai-ai.com/images/schoolway4.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="街中を流れる小さな川に架かる橋" src="http://sekai-ai.com/images/schoolway5.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>道はまだまだ先に続きます。<br />
けれど、残念ながら八百屋も畳屋も床屋も見つけられませんでした。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>映画ノベライズ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sekai-ai.com/books/novelize.html" />
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    <published>2009-08-07T20:15:13Z</published>
    <updated>2009-08-07T23:16:10Z</updated>

    <summary>原作をメディアミックス展開する場合、派生作品に課せられる役割は何でしょうか。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="書籍紹介" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<h3 id="subheading">ノベライズとは何か</h3>

<p>原作をメディアミックス展開する場合、派生作品に課せられる役割は何でしょうか。</p>

<p>それは原作を忠実にトレースしながら audio & visual で魅せることかもしれないし、独自のエピソードなどをつけ加えて物語の幅を広げることかもしれません。<br />
（後者の方が圧倒的に多いと思います）<br />
派生作品のクリエイターが原作を超えようと努力している限り、内容に文句をつける権利は誰にもないと私は思います。権利があるのは世界でただ一人――そう、原作者だけです。</p>

<p>では、映画という派生作品にターゲットを絞って、それを書籍化する――つまりノベライズとする場合に、ノベライズに課せられる役割は何でしょうか。<br />
私はこれまでずっと、ノベライズは映画を忠実にトレースしなければならないものだと信じきっていました。<br />
派生作品にかんしては上述のように鷹揚な考えを抱いているにもかかわらず、です。</p>

<p>しかし、それがノベライズのすべてではないんですよね。<br />
映画を翻案したり、ときには独自のエピソードを追加したりしながら、独自の小説に仕立てても構わないわけですよね。<br />
むしろ、そうなっていた方がいろんな物語が楽しめて良い、という方だっているわけです。<br />
それが多数派に属するのかどうかまでは知りませんけれど。</p>

<h3 id="subheading">映画を観たあとで</h3>

<p>「原作から読むか、映画から観るか」ということがメディアミックスでよく話題になりますよね。<br />
確か、ナントカ文庫のコピーだったような、そうでないような......。記憶があやふやで申し訳ありません。</p>

<p>セカチューに限っていえば、原作と映画のどちらから攻めてもいいと思います。<br />
両者はまったく別の作品だから、というのがその理由です。</p>

<p>では、映画とノベライズの場合はどうでしょうか？<br />
これは自信を持って言えます。映画を先に、ノベライズを後にしてください。<br />
両者はまったく別の作品だから、というのがその理由です（？）。</p>

<p>サブタイトルが示すように、ノベライズは大人になったサクの婚約者・藤村律子の視点から描かれています。<br />
ノベライズでは律子はそれなりに生き生きと描かれている上に、設定にも映画と大きく異なっている点があったりします。<br />
さらに、物語が徹底して再構成されています。具体的には、原作や映画のシーンを使いながらも、順序を変えて別の物語となるように構成されています。なかなかの技です。<br />
ですから、ノベライズの世界に浸ったあとで映画を観ると、まずギャップの大きさに苦しむことになります。この私がそうでしたから。<br />
それよりは映画を観てからノベライズで「あの映画の背景はどうなっているのか？」を再確認した方がいいのではないでしょうか。<br />
（本来は映画のパンフの仕事だと思いますが）</p>

<p>もしも私が映画ノベライズの執筆を任されたら、悩みに悩んだ末に結局は三人称の小説を書いてしまうと思います。<br />
カメラの目線からサクとアキを追いかけて、いわゆる普通の十七歳（それって『少女Ａ』？）を描くことになるのでしょう。<br />
そんなふうに考えてみると、原作では全く登場しない律子という視点から「セカチュー」という物語を投影してみせたノベライズは、実に斬新でユニークな作品と言っていいと思います。</p>

<hr />

<p>以下は余談。</p>

<blockquote>

<p>彼と二人で、三軒茶屋の劇場に『ストリート・オブ・クロコダイルズ』という舞台を観に行った。</blockquote></p>

<p><a href="http://www.tbs.co.jp/event/sekainochusin.html">舞台『世界の中心で、愛をさけぶ』</a>が上演されたのも、三軒茶屋の劇場（パブリック・シアター）でしたっけ。</p>

<blockquote>

<p>「残念だけれど、広瀬アキさんは十七年前の十一月に亡くなっていたわ。死因は、白血病」</blockquote></p>

<p>映画では、アキは律子にカセットを渡した日（十月二十八日）に亡くなったような演出を見せているようですが。</p>

<blockquote>

<p>「ホントね」とわたしが応えると、彼は急ブレーキを踏み、ハンドルを右に切った。そして、舗装されていない赤い砂の道を走り出した。<br />
「どこ行くの？」わたしは訊いた。<br />
「わからない。でも、舗装された道の先に、世界の中心があるなんて思えないんだ」</blockquote></p>

<p>暴走する青春という雰囲気（ただしサクは三十三歳）があっていいのですが、律子はノベライズでは妊娠しているという設定です。<br />
妊婦を乗せて未舗装の大地を走るとは。</p>

<p>でも。大好きなあのメッセージは、そのままに。</p>

<blockquote>

<p>『......あのね、あたしたち、もう会わないほうがいいと思うの。......朔ちゃんと過ごした永遠の何分の一かの時間があたしの生涯の宝物です。朔ちゃんがいてくれて、幸せだった。......いいよね、あたしたちは今日でお別れ。朔ちゃんが大人になって、結婚して、仕事をして、未来を生き続けることを想像しながら、今夜は眠ります。......目を閉じると、やっぱり朔ちゃんの顔が忘れられない。思い出すのは焼きそばパンを頰張った大きな口、顔をくしゃくしゃに崩して笑う笑顔、ムキになってふくれるけどすぐに振り返って笑ってくれた時の優しさ。夢島での寝顔、今もすぐ目の前にあって触れていたいよ。バイクに乗せてくれた時の背中の温もりが一番大切だった。......朔ちゃんとのたくさんの思い出があたしの人生を輝かせてくれた。本当に傍にいてくれてありがとう。......忘れない。朔ちゃんと過ごした大切な時間......最後に一つだけ、お願いがあります。......あの猫の石はなくしてしまったけど、代わりにあたしの灰をウルルの風の中に撒いて欲しいの。そして、朔ちゃんは朔ちゃんの今を生きて。朔ちゃんに会えてよかった。......バイバイ』</blockquote></p>

<hr />

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    <title>ずいぶんと義理堅いのね</title>
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    <published>2009-07-29T22:16:07Z</published>
    <updated>2009-07-29T22:29:36Z</updated>

    <summary>どうして大木は二人のためにお膳立てをしてあげるのでしょうか。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="作品分析・評価" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>夏らしい切り口で分析したいと思います。</p>

<p>第二章の５、夢島キャンプに行く前の二人の会話より。</p>

<blockquote>

<p>「どうしてわたしたちを誘ってくれたのかしら」<br />
「中学のとき、二人でお見舞いに行ったことがあったじゃない」<br />
「大木くんが足の骨を折って入院してたとき？」<br />
「うん。それがとても嬉しかったんだってさ」<br />
「ずいぶんと義理堅いのね」</blockquote></p>

<p>三年前の恩を感じてキャンプにご招待だとは。<br />
洞察力の鋭いアキでなくとも「背後に何かあるのでは？」と勘繰ってしまいそうです。<br />
事実、背後には<cite>「まだなら早くやっちまえよ」</cite>という大木の詭計が潜んでいるわけですが。</p>

<p>でも、不思議に思いませんか？<br />
どうして大木は二人のため――いや、サクのためにこれだけのお膳立てをしてあげるのでしょうか？</p>

<p>プール帰りにビッグマックにポテトのＬを食べさせてもらったお礼でしょうか？<br />
いや、それは違います。そもそも、この話は大木の方から切り出したものですから。</p>

<p>大木とサクはとっても仲の良い友達だからでしょうか？<br />
それも違うようです。<cite>商業科の彼とは、普段はほとんど話をする機会がない</cite>と書いてあるくらいですから。</p>

<p>まだ私たちの知らない動機が、必ずどこかにあるはずです。</p>

<hr />

<p>第四章の４。アキがいなくなった後、サクと大木の二人で夢島を訪れる場面での会話より。</p>

<blockquote>

<p>「よく覚えてるじゃない」<br />
「あっ？　そんなんじゃないよ」大木はちょっとうろたえて、「おれは別に彼女のことを好きだったわけじゃないから」と言った。「いや、好きは好きだけど、そういう松本みたいなのとは違うからさ」</blockquote></p>

<p>実際には<strong>大木もアキのことが好きだった</strong>んでしょう。<br />
もっとも大木自身が言うように、サクのように恋人として好きなのではなく、<strong>憧れの対象</strong>だったのかもしれませんが。</p>

<p>そして、さほど仲良くもない、それでも友達の部類にあたるサクとアキが恋人どうしであることを知っていて、それを認めていました。<br />
あこがれの対象だったアキが友達のサクと一緒になることを、素直に喜んでいたのでしょう。<br />
少なくとも、立花とかいう柔道部の先輩よりは、友達の方がずっといい。だったら、友達を精一杯応援してやろう。<br />
あるいは、そんな心理が働いたのかもしれません。</p>

<hr />

<p>結果的にアキを騙し、サクの心の中に切り立ったガラスのような思い出を刻みつけることになった詭計の是非について、小説の中では一行たりとも触れられてはおりません。<br />
答は、読者の皆さんに委ねられています。</p>

<p>あなたは大木の行動をどう思いますか？<br />
少なくとも、義理堅いという評価にはならないのではないでしょうか。</p>

<p>世の中はすべて、一直線の恋愛だけで成り立っているのではありません。<br />
これも美しく悲しい、二度と取り返せない青春の一コマではないでしょうか。<br />
私は本気でそう思っています。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>宇和島東高等学校</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sekai-ai.com/location/uwajimaeast.html" />
    <id>tag:sekai-ai.com,2009://1.70</id>

    <published>2009-07-25T08:59:40Z</published>
    <updated>2009-07-25T09:12:28Z</updated>

    <summary>『世界の中心で、愛をさけぶ』や『きみの知らないところで世界は動く』の舞台にして、作者の母校。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="聖地巡礼" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<p>この高校を何と表現すればよいのでしょう。<br />
『世界の中心で、愛をさけぶ』や『きみの知らないところで世界は動く』の舞台にして、作者の母校。<br />
青春を描いた小説において、「青春」の部分をすべて背負って立つ場所のようです。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="宇和島東高等学校　正門" src="http://sekai-ai.com/images/uwajimaeast1.jpg" width="240" height="320" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>校内に入らないのは<a href="http://sekai-ai.com/location/iyo-highschool.html">伊予高等学校</a>と同じくお約束。<br />
というか、外からパシャパシャ撮影しているだけでも気がひけます。<br />
まるで盗撮しているようです。それに、「あなた、怪しい人でしょう？」と言われても否定できません。<br />
ま、四国の隅っこまで来て「ここが世界の中心か！」なんて喜んでいるのは十分に「怪しい奴」なのでしょうが。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="宇和島東高等学校　グラウンドとテニスコート" src="http://sekai-ai.com/images/uwajimaeast2.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>セカチューにもキミセカにも登場した中庭の噴水は工事中らしく、アングル的にもどうしようもないので断念しました。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="宇和島東高等学校　西側フェンス" src="http://sekai-ai.com/images/uwajimaeast3.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>余談。<br />
唯一、針金をこじあけられそうなフェンスがこちら（西側）。<br />
キミセカでジーコに開けてもらう場面がありましたよね。<br />
でも、這って入るような構造には見えませんが。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>医学と人間の尊厳について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sekai-ai.com/analysis/medical-technology.html" />
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    <published>2009-07-12T00:05:16Z</published>
    <updated>2009-07-12T00:06:57Z</updated>

    <summary>医学と倫理について考えるとき、どこかに線を引かなければならないとしたら。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="作品分析・評価" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<p>いつも妄想全開で突っ走る作品分析記事ですが、今回は完全に私の妄想だけでできています。<br />
少なくとも、そうであることを祈っています。</p>

<hr />

<p>エッセイ集<a href="http://sekai-ai.com/novels/kangaeru.html">『考える元気』</a>の紹介でも触れましたが、片山恭一先生の作品には医学を取り上げたものが多くあります。</p>

<p>例えば。<br />
<a href="http://sekai-ai.com/novels/dolphins.html">『雨の日のイルカたちは』</a>では、過剰な医療と尊厳死について。<br />
<a href="http://sekai-ai.com/novels/moshimo.html">『もしも私が、そこにいるならば』</a>では、脳死と人の死の違いについて。<br />
<a href="http://sekai-ai.com/novels/last-violet.html">『最後に咲く花』</a>では、人工胚と先天障害について。<br />
そして、『船泊まりまで』では代理出産と親権について。</p>

<p>もちろん、『世界の中心で、愛をさけぶ』とて例外ではありません。<br />
とりあえず、以下の抜粋をご覧ください。</p>

<blockquote>

<p>「無脳症の赤ん坊にも理由があるのかな」とぼくは言った。<br />
「何よ、それ」<br />
「生まれつき脳のない赤ん坊だよ。彼らの心臓を重い心臓障害で苦しむ子供たちに移植しようという計画があるんだってさ。それは無脳症の赤ん坊が生まれることの理由を見つけたことになるんだろうか」<br />
「ちょっと違うような気がする。理解することは利用することじゃないもの」<br />
</blockquote></p>

<p>上に掲げた作品群を読めばわかると思いますが、<strong>一定の倫理基準を超えた現代医学に対して批判的</strong>であるという点で、作者は一貫しています。<br />
人間が人間らしく生きるためには、過剰なものをテクノロジーに求めてはならない。まるでそう言っているかのようです。</p>

<blockquote>

<p>抗白血病剤にたいする反応が悪いのではないか、と本で仕入れた知識を引き合いに出して思った。この治療がうまくいかなければ、骨髄移植でもしないかぎり治癒は望めない。<br />
</blockquote></p>

<p>まだ日本国内に骨髄バンクがなかった時代という条件つきではありますが、骨髄移植について記されているのは、この一箇所のみです。<br />
作者は骨髄移植についてどのような見解を持っていたのでしょうか。</p>

<p><strong>まさか</strong>......？</p>

<hr />

<p>『世界の中心で、愛をさけぶ』の映画やドラマが公開された<a href="http://www.alived.com/ai/leukemia.html">2004年、骨髄バンクのドナー登録者数が20万人を突破</a>しました。<br />
背景にセカチューブームの存在があったことも、上の記事にはっきりと記されています。</p>

<p>私は、骨髄バンクの存在意義を疑ったことは一度もありません。<br />
ええ、これからもないでしょう。</p>

<p>でも、医学と倫理について考えるとき、どこかに線を引かなければならないとしたら。<br />
そんな「医療」を切に望む人達の前で、無情にも一本の黒い線を引くとしたら。</p>

<p>あなたなら、どうしますか？</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>考える元気</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sekai-ai.com/novels/kangaeru.html" />
    <id>tag:sekai-ai.com,2009://1.68</id>

    <published>2009-07-01T20:57:17Z</published>
    <updated>2009-07-01T21:17:36Z</updated>

    <summary>片山恭一のエッセイ集です。しかし、最初にこの本を手にした時、私はその目を疑いました。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="片山恭一の本" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<h3 id="subheading">作家が書いてはならない「テーマ」の本</h3>

<p>ひとことで言えば、片山恭一のエッセイ集です。</p>

<p>しかし、最初にこの本を手にした時、私はその目を疑いました。<br />
奥付をひっくり返して発行日を見て、一度安心して、また驚き直しました。<br />
この本自体は2004年の刊行ですが、その前に新潮社から刊行（当時の題は『ＤＮＡに負けない心』）されています。時期はなんと2000年10月。<a href="http://www.alived.com/kk/">年表</a>をご覧になればわかりますが、当時出版されていた片山恭一の小説はわずか二冊しかありません。<br />
わずか二冊しか書いていない作家が、この本の中で人生哲学について滔々と語るわけです。</p>

<p>内容は実にしっかりしています。しかし、「こんなことして大丈夫か？」と率直な感想を抱いたのは確かです。<br />
全三章の構成で、各章にはそれぞれサブタイトルがついています。<br />
第一章「教育について」は、これからの子供たちに何を伝えていけばいいのかがテーマ。<br />
第二章「市民社会で生きること」は、現代社会が抱く病巣への指摘がテーマ。<br />
そして、第三章「テクノロジーの処方箋」は科学技術の盲信への警鐘がテーマ。宗教観・死生観に関する意見もこの章で取り上げられています。</p>

<p>ここまでご覧になって、わかりましたでしょうか。<br />
作者が<strong>小説で取り上げている内容と完全に一致</strong>しているということが。</p>

<hr />

<p>私の小説のテーマはこれこれです、などということを小説家は<strong>決して書いてはなりません</strong>。<br />
少なくとも、小説中に書くのは厳禁です。あとがきに書くのもダメです。<br />
だって、野暮でしょう？　クライマックスのあとで主人公なり恋人なりが「恋ってさ、結局○○だよね」とか言うなんて。<br />
そういうのは小説の中でほのめかすものであって、明記するものではありません。</p>

<p>この『考える元気』は小説ではありませんから、ある作家の小説のテーマが詳細に記されていようが構わないのですが、それでも私には驚きです。<br />
どうしてこの本を書いたのか。どうして、セカチューが売れたあとになって、わざわざ改題して別の出版社から刊行される運びとなったのか。</p>

<p>セカチューのテーマを誤解する読者が多すぎたから、なんて思うのは邪推なのでしょうか。</p>

<blockquote>

<p>　この少女のなかで、死は自分（と神様）だけのものとして完結している。彼女の認識のなかには、娘を自分たちよりも先に亡くさなければならない両親の気持ちは、まったく繰り込まれていない（ような印象を受ける）。そのことが私を「たまらないな」という気持ちにさせるのだと思う。もちろん活字になったインタビューだけで、彼女の本心はわからないし、本当はそんなことはないだろうとも思う。でも、もし彼女が本心から、インタビューで語っていたように思っているのだとすれば、もし一抹の含羞も呵責もなくそう思っているのだとすれば、そう思うことを可能にした「神」の観念は悪いものだと思う。</blockquote></p>

<blockquote>

<p>　子供の死が悲しいのは、たんに若くして死んでいくからだけではない。私が入院していたとき、隣は小児科病棟だった。そこには癌や白血病の子供たちがたくさん入院していた。病院の建物の構造から、日に幾度となく、私は彼らのあいだを通り抜けることになった。病気のせいか、年齢に関係なく、子供たちはみんな老成した雰囲気を漂わせていた。そんな子供たちが、テレビルームの椅子に一人でぽつんと坐って、なんとも言えない深い表情を浮かべていることがある。彼らのことを見ているうちに、私はしだいにこう思うようになった。みんな知っているのではないか。どんなに幼い子供でも、たとえ死を正確に理解できないほど幼い子供でも、自分の行く末が親に深い悲しみをもたらすことを、彼らは知っているのではないか。親たちの自分への態度や接し方を敷衍したところで、子供たちは本能的にそれを感知してしまうのではないか。</blockquote></p>

<p>第三章から抜粋してみました。<br />
正直に申し上げます。ここを読んで背筋がぞくっとしました。<br />
これだけの覚悟をもって、死を扱った小説を書いているんだということを思い知らされました。</p>

<p>「セカチューは『お涙ちょうだい小説』だ」なんて言う人は、『考える元気』を読めばいいのに。</p>

<blockquote>

<p>　私には自然科学と十七歳の少女が、死にかんして同じ迷妄に閉じられているように思える。「お子さんは神様のもとへ召されました」という説明に納得できないように、「お子さんは原子に分解されて終わりました」という説明にも、やはり納得できない。どちらがましというのではなく、どちらも同じ程度に納得できない。『聖書』の合理をもってしても、自然科学の合理をもってしても、大切な「その人」を失うということの意味は変わらない。要するに「諦めろ」ということだ。「諦めろ」と言われて諦められるような関係なら、最初から関係自体が諦められていると言うしかない。この世で遂げられなかったことは、あの世へ持ち越してでも遂げてみせよう。そのための「あの世」は俺がつくる、ぐらいのことを私たちはなぜ言えないのか。</blockquote></p>

<hr />

<div class="allconsuming-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="allconsuming-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334737684/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="allconsuminglink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/4334737684.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="考える元気 (光文社文庫)" style="border: none;" /></a></div><div class="allconsuming-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="allconsuming-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334737684/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="allconsuminglink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/G/09/icons/icon-books.gif" alt="Book" align="left" border=0 />考える元気 (光文社文庫)</a><div class="allconsuming-powered-date" style="font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%">posted with <a href="http://allconsuming.jp/" title="All Consuming ブログで話題の商品レビューサイト (Amazonアソシエイト)">All Consuming</a> at 2009. 7. 2</div></div><div class="allconsuming-detail">by 片山 恭一 <br />光文社 <br />定価： ￥ 500<br /></div><div class="allconsuming-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334737684/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="考える元気 (光文社文庫)の商品情報をAmazonで見る" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a><br /><a href="http://www.bookoffonline.co.jp/display/011,iscd=0012744809" name="考える元気 (光文社文庫)の商品情報をブックオフオンラインでチェックする" target="_blank">ブックオフオンラインでチェックする</a><br /><a href="http://allconsuming.jp/item.cgi?asin=4334737684" name="考える元気 (光文社文庫)のブログでの評判をAll Consumingで見る" target="_blank">All Consuming でブログの評判を見る</a><br /><a href="http://crossreview.jp/product/4334737684" name="考える元気 (光文社文庫)のクロスレビューを見る" target="_blank">crossreview のレビューを見る</a></div></div><div class="allconsuming-footer" style="clear: left"></div></div>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>宇和島市立中央図書館</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sekai-ai.com/location/library.html" />
    <id>tag:sekai-ai.com,2009://1.67</id>

    <published>2009-06-20T23:24:42Z</published>
    <updated>2009-06-20T23:43:11Z</updated>

    <summary>「ぼくの家は市立図書館の敷地内にある」ということなので。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="聖地巡礼" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<p>だって、「<cite>ぼくの家は市立図書館の敷地内にある</cite>」ってサクが言うものですから。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="宇和島市立中央図書館 全景" src="http://sekai-ai.com/images/library1.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>かなり新しい建物です。<br />
「<cite>本館に隣接した二階建ての白い洋館</cite>」など、影も形もありません。<br />
ですが、謎とき本によると、以前この敷地内に住宅があったことは事実のようです。<br />
そして、二階建ての白い洋館は、こことは別の場所にモデルが存在します。その紹介はまた別の機会にて。</p>

<blockquote>

<p>家と図書館のあいだは、最短で三メートルほどしかない。そのため二階にあるぼくの部屋からは、窓際に坐っている人の本が一緒に読める、というのは嘘だけど。</blockquote></p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="市立図書館駐車場より館内を撮影" src="http://sekai-ai.com/images/library2.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>外から館内がどこまで見えるのか挑戦してみました。<br />
タイトルくらいは何とか読めますね――というのは嘘だけど。</p>

<p>さて、図書館に来たからには調べ物をしようじゃありませんか。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="片山恭一の著作" src="http://sekai-ai.com/images/library3.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>片山恭一先生の本がズラリ......という程でもないですね。<br />
地元宇和島が誇る作家なんですよ？　もう少しあってもいいような......。<br />
（貸し出し中だったのかもしれませんが）</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="谷岡武城『宇和島の文学』" src="http://sekai-ai.com/images/library4.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>お次は、谷岡武城氏の著書『宇和島の文学』。<br />
ここに来れば置いてあると思っていました。この本、版元が<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E9%A2%A8%E8%88%8E">新風社</a>なので入手が困難なんですよね。</p>

<blockquote>

<p>片山恭一（昭和三四年）宇和島生まれ。『世界の中心で、愛をさけぶ』は平成一三年刊行、映画化もされて現在三〇〇万部超えのベストセラー。他にも『きみの知らないところで世界は動く』（平成一三年）、『もしも私がそこにいるならば』（同年）などを出版している。なお昭和六一年『気配』によって「文学界新人賞」を受賞している。</blockquote></p>

<p>軽くググってみたところ、『きみの知らないところで世界は動く』は1995（平成7）年、『もしも私が<strong>、</strong>そこにいるならば』は2003（平成15）年の出版。もう少し細かいことを言えば、受賞したのは「文<strong>學</strong>界新人賞」。<br />
わずか数行に４箇所ものミス。何のチェックもせずに出版するとは、さすがは新風社です。<br />
（私は、こういうのは著者だけが責任を負うものではないと思っていますので）</p>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>喪失感とその克服について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sekai-ai.com/analysis/lost-heart.html" />
    <id>tag:sekai-ai.com,2009://1.66</id>

    <published>2009-06-13T04:29:26Z</published>
    <updated>2009-07-01T21:20:27Z</updated>

    <summary>恋人を亡くした喪失感からどうやって立ち直ったか、喪失感をどうやって克服したかを描いた小説とは？</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="作品分析・評価" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<p>直球ど真ん中の分析をこれまでしていなかったことに気づきました。</p>

<h3 id="subheading">喪失感について</h3>

<p>恋人が死んでしまう悲しみを題材にした小説は、それこそ掃いて捨てるほどあります。<br />
私も『世界の中心で、愛をさけぶ』をはじめ、いろんな「恋人が死んでしまう」小説を読みました。書籍の場合ですと八割は女性の方が亡くなる設定になっている、という分析までできるほど読みました。<br />
（ケータイ小説を含めるとまた違ってくるでしょうが）<br />
設定としては陳腐な部類に属します。もちろん、設定が陳腐だからといって小説の優劣を論ずることなどできないのはご存じのとおりです。</p>

<p>恋人が死んでしまった後の喪失感を描いた小説も同じくらいあります。<br />
ま、どうしても上の設定と対になりますよね。『嵐が丘』や『ノルウェイの森』など、かなり凄まじい喪失感を描いてくれるものもあったりします。</p>

<p>ところが、恋人を亡くした喪失感からどうやって立ち直ったか、喪失感をどうやって克服したかを描いた小説になると、ぐっと少なくなります。<br />
ぶっちゃけて言うと、泣かせておいて後は放ったらかしの小説が多いということです。<br />
私も最近はライトノベルに手を伸ばして当たっているところですが......ないですね。喪失感からの克服について『世界の中心で、愛をさけぶ』に匹敵する詳しさで描かれた作品は。<br />
ライトノベルだけではありません。当の『嵐が丘』や『ノルウェイの森』も、その描写においては『世界の中心で、愛をさけぶ』に遠く及びません。<br />
もちろん、だからといって小説の優劣を論ずることなどできないのは以下同文。</p>

<h3 id="subheading">好きな人を亡くすことは、なぜ辛いのだろうか</h3>

<p>見出しは、単行本の腹巻きに書かれていた有名なコピーです。<br />
では、好きな人を亡くすことは、なぜ辛いのでしょうか。</p>

<p>第一章で<cite>「悲しいからではない。楽しい夢から悲しい現実に戻ってくるときに、跨ぎ越さなくてはならない亀裂があり、涙を流さずに、そこを越えることができない。」</cite>というサクの理屈っぽい説明があります。<br />
しかし、もっと明快な答は第四章で祖父が教えてくれます。</p>

<p>大切な人がいなくなったから悲しい。<br />
そのことを強調するために、恋人がどれだけ自分にとって大切な人だったかを綿々と綴り描くのが「恋人が死んでしまう悲しみを題材にした小説」のベースです。<br />
まあ、考えれば当然のことを言っています。<br />
ですが、考えれば当然のことを、祖父は自らの経験を混ぜつつ、恋人を亡くしたばかりのサクに語りかけるわけです。<br />
喪失感を描いた作品は数あれど、喪失感はつらいものだ、自分もつらかった、と親身になって語りかけてくれる作品はそうはありません。<br />
優しいじゃないですか。『世界の中心で、愛をさけぶ』は。</p>

<p>しかし、ここまではまだ前触れにすぎません。<br />
これからが『世界の中心で、愛をさけぶ』の真骨頂です。</p>

<h3 id="subheading">喪失感を克服する処方箋</h3>

<p>では、恋人を亡くして悲しみいっぱいのサクは、これからどうすればいいのでしょうか。<br />
『世界の中心で、愛をさけぶ』は、その処方箋をちゃんと用意してくれています。<br />
私が大雑把に分類した限りでは、処方箋は次の５つ。</p>

<p>一つ。<br />
人の悲しみには誰も立ち入ることはできない。だから自分で乗り越えるしかない。</p>

<p>二つ。<br />
その人のことをいつまでも――自分が死ぬまで覚えていることだ。</p>

<p>三つ。<br />
その人を亡くしたという悲しみも、やがて自分の人生の肥やしになる。</p>

<p>四つ。<br />
その人の分まで自分が生きるんだ。そう考えてごらん。</p>

<p>最後は、もっとも悲しくて残酷な処方箋です。<br />
どんな悲しみも、人は時が経てば忘れてしまうものだから――。</p>

<hr />

<p>好きな人を亡くした人は、悲しいから泣くのではありません。もう二度と取り戻せないから泣くのです。<br />
現実に戻ってくるときに跨ぎ越さなくてはならない亀裂が、時とともにどんどん広がっていくこと。そして、それは決して縮まろうとはしないこと。<br />
それが悲しいから、人は泣くのです。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>アジサイと桜</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sekai-ai.com/analysis/hydrangea-and-cherry.html" />
    <id>tag:sekai-ai.com,2009://1.65</id>

    <published>2009-06-11T03:27:59Z</published>
    <updated>2009-07-29T22:32:41Z</updated>

    <summary>アジサイと桜の花に隠された意味について考えました。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="作品分析・評価" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<p>アジサイの季節です。</p>

<p>前回<a href="http://sekai-ai.com/inside/half-moon.html">「半分の月がのぼる空」</a>というこぼれ話を書いた際に、読者の方からアジサイと桜に関する興味深い考察を頂きました。<br />
せっかく頂いた、またとない機会は有効に活用させていただきたいと思います。</p>

<h3 id="subheading">花に隠された意味</h3>

<p>アジサイと桜が両方とも登場するのは第五章。<br />
城山に登って（アジサイの）「花はまだずっと先だな」と呟き、中学校の校庭で満開の桜を目にする。美しい名場面です。<br />
しかし、アジサイの花は実際には出てきませんよね。というか、全編を通して<strong>アジサイの花が咲いた場面の描写は全くありません</strong>。<br />
ただ、咲いているんじゃないか、という想像のアジサイがあるだけです。</p>

<hr />

<p>私が頂いた考察とは、このアジサイと桜が何かの譬えになっているのではないか、というものでした。<br />
それを受けて、私も考えてみました。その結果は：</p>

<p><strong>アジサイ　＝　叶わなかったこと<br />
桜　＝　気づかなかったこと</strong></p>

<p>というものです。</p>

<p>さらに、両者に共通するのは、どちらも<strong>「何気ないもの」</strong>だということです。<br />
校庭を飾る桜の美しさを、サクは大人になるまで気づきませんでした。アジサイにしたところで、「よーし今日はアジサイを見てやるぞ！」と気合いを入れて見に行くようなものではありませんでした――少なくとも、サクが下見にまで行ったラブホテルほどには。</p>

<p>だから、気づかなかったり、叶わなくなったりしてしまうんです。<br />
何気ないと思っているものがどれほど大事なものなのか、その時には気づかないんです。</p>

<h3 id="subheading">「いま」という瞬間を</h3>

<p>日頃、私たちは何気なく生きています。<br />
『世界の中心で、愛をさけぶ』に譬えれば、十年後にも同じように花が咲いていて、大事な人と好きなときに見られるものと信じて、いまを生きています。<br />
でも、果たしてそうでしょうか。『世界の中心で、愛をさけぶ』を読んだ私たちは、その答が <strong>No</strong> であることを知っているはずです。<br />
それなのに、私たちは何気なく「いま」を生きています。</p>

<p>冒頭でちらりと言及した『半分の月がのぼる空』の３巻だったと記憶していますが、ヒロイン（里香）が主人公（裕一）と一緒に桜を見に行こうという約束をする場面があります。<br />
しかし、主人公は知りません。いや、知っていることを、敢えて口にしません。<br />
そんな未来は永遠に巡ってこないかもしれない、ということを。</p>

<p>余命宣告を受けた日に目にした、空の、山の、海の美しさを決して忘れることはない。<br />
そんな話をどこかで聞いたことがあります。<br />
自分はあと何日生きていられるか、愛する人はあと何日生きていられるか。残りの日々が見えるようになって、はじめて何気なく見ているものの大事さに気づく。人間とはそういう生き物なのです。</p>

<p>そのことを『世界の中心で、愛をさけぶ』はしっかりと教えてくれています。<br />
西暦二千年に咲いているであろう、いや咲いていたであろうアジサイの花によって。<br />
中学を卒業した時には気づかなかった桜の花によって。<br />
そして――「時間の長さは、そんなに問題かしら」というアキの逆説的な言葉によって。</p>

<hr />

<p>３巻だけ買う人なんていない、と判りきってはいるのですが、一応。</p>

<div class="allconsuming-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="allconsuming-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4840227837/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="allconsuminglink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/4840227837.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="半分の月がのぼる空〈3〉wishing upon the half‐moon (電撃文庫)" style="border: none;" /></a></div><div class="allconsuming-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="allconsuming-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4840227837/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="allconsuminglink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/G/09/icons/icon-books.gif" alt="Book" align="left" border=0 />半分の月がのぼる空〈3〉wishing upon the half‐moon (電撃文庫)</a><div class="allconsuming-powered-date" style="font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%">posted with <a href="http://allconsuming.jp/" title="All Consuming ブログで話題の商品レビューサイト (Amazonアソシエイト)">All Consuming</a> at 2009. 6.11</div></div><div class="allconsuming-detail">by 橋本 紡 <br />アスキー・メディアワークス <br />定価： ￥ 599<br /></div><div class="allconsuming-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4840227837/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="半分の月がのぼる空〈3〉wishing upon the half‐moon (電撃文庫)の商品情報をAmazonで見る" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a><br /><a href="http://www.bookoffonline.co.jp/display/011,iscd=0012739777" name="半分の月がのぼる空〈3〉wishing upon the half‐moon (電撃文庫)の商品情報をブックオフオンラインでチェックする" target="_blank">ブックオフオンラインでチェックする</a><br /><a href="http://allconsuming.jp/item.cgi?asin=4840227837" name="半分の月がのぼる空〈3〉wishing upon the half‐moon (電撃文庫)のブログでの評判をAll Consumingで見る" target="_blank">All Consuming でブログの評判を見る</a><br /><a href="http://crossreview.jp/product/4840227837" name="半分の月がのぼる空〈3〉wishing upon the half‐moon (電撃文庫)のクロスレビューを見る" target="_blank">crossreview のレビューを見る</a></div></div><div class="allconsuming-footer" style="clear: left"></div></div>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>半分の月がのぼる空</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sekai-ai.com/inside/half-moon.html" />
    <id>tag:sekai-ai.com,2009://1.64</id>

    <published>2009-06-01T12:43:29Z</published>
    <updated>2009-06-01T12:46:08Z</updated>

    <summary>今夜は、半分の月が出ています。
こんな夜には、こんな小説のことを思います。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="こぼれ話" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<p>今夜は、半分の月が出ています。<br />
こんな夜には、こんな小説のことを思います。</p>

<hr />

<p>主人公は、パッとしない高校二年生。<br />
ヒロインは......余命が長くありません。<br />
それはもうあの手この手を使って、二人の未来をこの手につかもうとするわけですが。</p>

<p>第五巻。<br />
ここで登場する二人が主人公＆ヒロインではない、とあらかじめ断ってから引用します。<br />
<blockquote></p>

<p><br />
「え？　なに？」<br />
「ほら、そこの紫陽花」</p>

<p>（中略）</p>

<p>「桜のほうがいいよ。すぐ散っちゃうもん。終わったら、切り替えられるし。だけど、こんなふうにいつまでも花が......それも全然きれいじゃない花がついてたら、いつまでたっても切り替えられないよ。引きずりっぱなしになっちゃう」<br />
</blockquote></p>

<p>紫陽花と桜？　どっかで見た花の組み合わせですね。</p>

<p>次は第一巻より。</p>

<blockquote>

<p>僕は願う。<br />
いつでも、どんなときでも。<br />
（里香をつれていかないでください――）<br />
そう繰り返す。</blockquote></p>

<hr />

<p>セカチューこと『世界の中心で、愛をさけぶ』は、いろんな人にボロクソに言われました。<br />
<strong>恋人が病気で死ぬ設定が陳腐</strong>だからとか、そんな理由で。</p>

<p>『半分の月がのぼる空』の第一巻が刊行されたのは2003年10月。<br />
ちょうど、セカチューがブームを巻き起こしていた時期と一致します。</p>

<p>さあ、私の前で酷評してみてください。半月はセカチューのパクリだと。</p>

<p>ただ、<strong>殴ります</strong>けどね。その人を。</p>

<hr />

<p>あらゆる物語は、既存の物語を焼き直したものである。<br />
私ごとき者があらためて言う必要もなく、どんな小説論にも書いてある事実です。</p>

<p>だったら、いろんな焼き直しの物語を面白く読めば、それでいいじゃないですか。<br />
裕一と里香が手を伸ばす様子を、精一杯応援すればいいじゃないですか。</p>

<p>『半分の月がのぼる空』はライトノベルです。<br />
重苦しいテーマを、ライトノベルのレトリックで薄めたことでバランスを取っています。<br />
全八巻を煮詰めてエッセンスだけを取り出せば300ページくらいの文庫本になるんでしょう。<br />
それを読んだらきっと打ちのめされることになるんでしょうが、きっとそれは面白くない本だと思います。重すぎて。<br />
だって、<strong>物語にはメリハリが必要</strong>ですから。大きい波の間に小さい波を繰り返すことで、物語は成立するものですから。<br />
ライトノベルというジャンルで、そのあたりのバランスを取ろうとすると、全八巻の構成になるのでしょう。</p>

<p>半分以上が病院内で展開する小説だけあって、「大事な人の死」がずっとつきまといます。それがセカチューよりずっと多いことも、セカチューよりも強く胸をしめつけることも、請け合います。<br />
そして、「大事な人を亡くした後」のこともいっぱい描かれています。セカチューに残されているのは、ラストシーンの切れ味しかないかもしれません。</p>

<p>でも、セカチューという物語のメリハリはまさにあのラストシーン、桜吹雪の舞う中です。<br />
未来に生きるサクの姿が、重い物語を最後に救うんです。<br />
あの切れ味を胸に抱き、今日も私はカバンにセカチューの文庫本を忍ばせます。</p>

<hr />

<div class="allconsuming-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="allconsuming-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4840224889/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="allconsuminglink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/4840224889.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="半分の月がのぼる空―looking up at the half‐moon (電撃文庫)" style="border: none;" /></a></div><div class="allconsuming-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="allconsuming-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4840224889/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="allconsuminglink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/G/09/icons/icon-books.gif" alt="Book" align="left" border=0 />半分の月がのぼる空―looking up at the half‐moon (電撃文庫)</a><div class="allconsuming-powered-date" style="font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%">posted with <a href="http://allconsuming.jp/" title="All Consuming ブログで話題の商品レビューサイト (Amazonアソシエイト)">All Consuming</a> at 2009. 6. 1</div></div><div class="allconsuming-detail">by 橋本 紡 <br />アスキー・メディアワークス <br />定価： ￥ 536<br /></div><div class="allconsuming-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4840224889/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="半分の月がのぼる空―looking up at the half‐moon (電撃文庫)の商品情報をAmazonで見る" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a><br /><a href="http://www.bookoffonline.co.jp/display/011,iscd=0012666409" name="半分の月がのぼる空―looking up at the half‐moon (電撃文庫)の商品情報をブックオフオンラインでチェックする" target="_blank">ブックオフオンラインでチェックする</a><br /><a href="http://allconsuming.jp/item.cgi?asin=4840224889" name="半分の月がのぼる空―looking up at the half‐moon (電撃文庫)のブログでの評判をAll Consumingで見る" target="_blank">All Consuming でブログの評判を見る</a><br /><a href="http://crossreview.jp/product/4840224889" name="半分の月がのぼる空―looking up at the half‐moon (電撃文庫)のクロスレビューを見る" target="_blank">crossreview のレビューを見る</a></div></div><div class="allconsuming-footer" style="clear: left"></div></div>]]>
        
    </content>
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    <title>空のレンズ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sekai-ai.com/novels/lens.html" />
    <id>tag:sekai-ai.com,2009://1.63</id>

    <published>2009-05-26T20:58:53Z</published>
    <updated>2009-05-26T21:00:27Z</updated>

    <summary>仮想世界の少年少女の正体は何なのでしょうか。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="片山恭一の本" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<h3 id="subheading">もう一つのテーマ</h3>

<p>片山恭一の小説には一貫したテーマがあります。と、どこかで書いたような記憶があります。<br />
「運命とは折り合いをつけて生きていくしかない」とか「人生の目的とは何か」とか、そんな哲学的なテーマが片山小説の魅力でもあります。<br />
ところが、どうやら他にもテーマがあるらしいです。この<strong>『空のレンズ』</strong>以降の小説（たとえば『舟泊まりまで』や『宇宙を孕む風』など）を読む限り、そう思えてなりません。</p>

<p>上記二点のテーマほど強くは主張していないのでしょうが、はっきりと読み取れます。<br />
「現代の科学技術は人間を幸福にしないのではないか？」という問いかけが。</p>

<h3 id="subheading">豊かな言葉の世界</h3>

<p>これ、実は『宇宙を孕む風』の方が強く主張しているテーマでもありますが、先駆けはこちらの方です。</p>

<blockquote>

<p>「きみ、愛してるよ」<br />
　ところが彼女の方が、<br />
「なによ、この、自閉症のオタンコナス」<br />
　っていったら、ぼくは傷つく。立ち直れないくらい傷つく、でしょ？　自分の家族を愛してても、そこで起こるのがいやなことばかりだと、なんだか裏切られたような気分になって、やっぱり傷つく。だから愛って難しい。難しいから、ぼくたちはだんだん愛することをやめて、憎むことをおぼえるようになる。簡単......そう、憎むことはとても簡単。どんなに憎んでも、自分は傷つかない。<br />
</blockquote></p>

<blockquote>

<p>　自分の意見をはっきり言うと嫌われる。ある意見に反対の場合でも、口に出してちゃんと理由を言える人はほとんどいなくて、ただ「あの子は嫌い」ってなっちゃう。そのうちみんな自分の意見を言うかわりに、なんでも「好き／嫌い」で表現するようになるんじゃないかな。ほら、アメリカの高校とかであるでしょう。教室に入ってきて、いきなり友だちを撃ち殺しちゃうようなの。そういう単純で野蛮な力に頼る以外に、コミュニケーションのとれない時代が来るような気がする。<br />
</blockquote></p>

<p>むかつく言葉だけじゃなく、豊かな心の表現を。<br />
貧困な言葉からは、貧困な心しか育たない。<br />
反体制的な言葉を抹殺する世界を描いた、ジョージ・オーウェルの『1984』を彷彿とさせるものがあります。<br />
私自身も主張に反対する者ではないのですが、その......なんとなく説教臭いですよね。</p>

<p>言葉、でふと気になりました。<br />
この本のタイトル、何と読むのでしょうか。<br />
恐らく「そらのレンズ」だと思うのですが、もしかしたら「からのレンズ」かもしれません。<br />
奈須きのこ氏の名作を「そらのきょうかい」と読んでしまった記憶が思い起こされます......。</p>

<h3 id="subheading">仮想世界と臨死について</h3>

<p>外側の話ばかり書いているのもアレですので、小説の展開について簡単に説明します。<br />
ネットというバーチャルな世界で知り合った少年少女が次々と不思議な世界＝「空のレンズ」に呑まれていく。<br />
そこが実は臨死の世界だった、ということを知るのは主人公（最後まで読まないと誰だかわかりません！）が死に瀕していたという事実を知らされたときです。</p>

<p>仮想世界の少年少女の正体は何なのか。彼らはどこに行ってしまったのか。<br />
読んでから考えれば、それなりに深い命題を提起してくれる小説だと思います。</p>

<p>ただ......とてもわかりにくいんですよね。<br />
「空のレンズ」で幻覚的な事件が次々と起こるんですが、そっちの方に引っかかってしまって。<br />
作者が狙ってやっているのは理解できるんですが。</p>

<hr />

<div class="allconsuming-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="allconsuming-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062753405/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="allconsuminglink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/4062753405.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="空のレンズ (講談社文庫)" style="border: none;" /></a></div><div class="allconsuming-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="allconsuming-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062753405/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="allconsuminglink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/G/09/icons/icon-books.gif" alt="Book" align="left" border=0 />空のレンズ (講談社文庫)</a><div class="allconsuming-powered-date" style="font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%">posted with <a href="http://allconsuming.jp/" title="All Consuming ブログで話題の商品レビューサイト (Amazonアソシエイト)">All Consuming</a> at 2009. 5.27</div></div><div class="allconsuming-detail">by 片山 恭一 <br />講談社 <br />定価： ￥ 560<br /></div><div class="allconsuming-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062753405/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="空のレンズ (講談社文庫)の商品情報をAmazonで見る" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a><br /><a href="http://www.bookoffonline.co.jp/display/011,iscd=0012824575" name="空のレンズ (講談社文庫)の商品情報をブックオフオンラインでチェックする" target="_blank">ブックオフオンラインでチェックする</a><br /><a href="http://allconsuming.jp/item.cgi?asin=4062753405" name="空のレンズ (講談社文庫)のブログでの評判をAll Consumingで見る" target="_blank">All Consuming でブログの評判を見る</a><br /><a href="http://crossreview.jp/product/4062753405" name="空のレンズ (講談社文庫)のクロスレビューを見る" target="_blank">crossreview のレビューを見る</a></div></div><div class="allconsuming-footer" style="clear: left"></div></div>]]>
        
    </content>
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    <title>市立宇和島病院</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sekai-ai.com/location/hospital.html" />
    <id>tag:sekai-ai.com,2009://1.62</id>

    <published>2009-05-21T13:37:32Z</published>
    <updated>2009-05-21T13:47:44Z</updated>

    <summary>建替工事により旧館は解体されています。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="聖地巡礼" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<p>宇和島市内のスポットは、なるべく原作の流れに沿って紹介していこうと思います。<br />
<a href="http://sekai-ai.com/location/shiroyama.html">城山</a>の次は、窓から天守閣が見えることで知られた<strong>市立宇和島病院</strong>です。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="市立宇和島病院 旧館（解体中）" src="http://sekai-ai.com/images/hospital_1.jpg" width="320" height="238" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>「<a href="http://sekai-ai.com/inside/national-trust.html">「壊れていく町」の儚さと美しさ</a>」で説明したように、建替工事により旧館は解体されています。<br />
<a href="http://www.city.uwajima.ehime.jp/contents/7d581e09002903e/7d581e09002903e3.htm">こちら</a>に解体前の写真が保存されていますので、ご覧になりたい方はどうぞ。私は、この写真があればそれで十分だと思っています。</p>

<blockquote>

<p>バス通りに沿って花屋や果物屋や菓子屋などが並び、こぢんまりした商店街を形作っている。それらの町並みの向こうに城山が見えた。</blockquote></p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="市立宇和島病院前 バス通り" src="http://sekai-ai.com/images/hospital_2.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>旧館に面したバス通りの写真がこちら。<br />
小説に示されている商店街らしい場所は、なかなか見つかりません。<br />
バス通りから一本入った道の方が怪しかったりします。</p>

<blockquote>

<p>喫茶店は通りに面した二階にあり、窓際の席からは病院の駐車場がはっきり見える。</blockquote></p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="市立宇和島病院 旧館西側の駐車場出入口" src="http://sekai-ai.com/images/hospital_3.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>サクがアキを連れ出す際に駐車場を見張るのに使った喫茶店というのも見つかりません。<br />
旧館（写真右手）の駐車場が見渡せて、二階に陣取ることができそうな食事処はここしかなかったのですが。<br />
......ラーメン・ギョーザ？</p>

<p><br />
病院敷地内には入りませんでした。ですから、内部の写真はありません。<br />
新館になって思い入れがなくなったから、などという理由では断じてありません。<br />
病院とは興味本位、面白半分で行く場所では決してないとの認識からです。</p>

<hr />

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="宇和島市立中央図書館より市立宇和島病院新館を望む" src="http://sekai-ai.com/images/hospital_4.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>おまけ。<br />
市立宇和島病院の新館を、宇和島市立中央図書館の前から撮影。<br />
覚えていらっしゃいますか？　<cite>ぼくの家は市立図書館の敷地内にある</cite>、とサクが言っていたのを。<br />
サクは毎日ここから、入院中のアキのことを思っていたんですね。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>「壊れていく町」の儚さと美しさ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sekai-ai.com/inside/national-trust.html" />
    <id>tag:sekai-ai.com,2009://1.61</id>

    <published>2009-05-12T09:29:59Z</published>
    <updated>2009-05-12T09:33:57Z</updated>

    <summary>「宇和島の町がどんどん壊れていく」と嘆いている方がおられました。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="こぼれ話" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<p>先日、『ピーターラビットと歩くイギリス湖水地方』（伝農浩子、JTBパブリッシング）という本を読む機会に恵まれました。<br />
ページをぱらぱらとめくると、そこには絵本から飛び出してきたかのような湖水地方の美しい風景が。<br />
いや、きっと逆ですよね。ベアトリクス・ポターその人が、湖水地方の風景を絵本に写し取ったに違いありません。<br />
それにしても、百年前と寸分違わぬ町並みや家の玄関などが、ほとんどそのままの状態で残っているのを見せられると溜め息がもれます。</p>

<hr />

<p>宇和島市立歴史資料館（建物はサクの家のモデルと言われています）を訪れた際に、館の方が「宇和島の町がどんどん壊れていく」と嘆いておられたことを思い出します。<br />
片山恭一先生も、現在の宇和島は見る影もなくなってしまったようなことを言っておられました。<br />
アキが入院した病院のモデルとなった市立宇和島病院は、2008年に隣接地に建て替えられました。私が訪れた時には、旧館は解体工事の真っ最中でした。<br />
町はどんどん壊れていきます。</p>

<p>ここまで読んでくださった方とは正反対の意見になるでしょうが、敢えて言わせてください。<br />
これでいいのだ、と私は思うことにしています。これもまた運命なのだ、と。<br />
だから、私はそのことを嘆いたりはしません。<br />
（どうしても保存したければベアトリクス・ポターのようにナショナル・トラストのような妙案もあるのでしょうが、セカチューの舞台で期待に応えられそうなのは百歩譲って宇和島城くらいでしょう）</p>

<p>それに、形あるものが見えなくなったからといって、思いが消えてなくなるわけではありません。<br />
そのことを教えてくれる小説が、私たちにはあるじゃないですか。当の片山先生だって書いているじゃないですか。</p>

<p>今ではもう見られなくなった景色は、見られないこと自体が思い出です。<br />
まるで、二人で見ることの叶わなかった城山のアジサイのごとく。<br />
失くしたものに抱く悲しみは、悲しみも含めて貴方の人生の糧となり、そして......。</p>

<hr />

<div class="allconsuming-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="allconsuming-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4533059422/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="allconsuminglink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/4533059422.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="ピーターラビットと歩くイギリス湖水地方―ワーズワース&ラスキンを訪ねて" style="border: none;" /></a></div><div class="allconsuming-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%"><div class="allconsuming-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4533059422/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="allconsuminglink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/G/09/icons/icon-books.gif" alt="Book" align="left" border=0 />ピーターラビットと歩くイギリス湖水地方―ワーズワース&ラスキンを訪ねて</a><div class="allconsuming-powered-date" style="font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%">posted with <a href="http://allconsuming.jp/" title="All Consuming ブログで話題の商品レビューサイト (Amazonアソシエイト)">All Consuming</a> at 2009. 5.12</div></div><div class="allconsuming-detail">by 伝農 浩子, 辻丸 純一 <br />JTBパブリッシング <br />定価： ￥ 1,890<br /></div><div class="allconsuming-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4533059422/chishiroblog-22/ref=nosim/" name="ピーターラビットと歩くイギリス湖水地方―ワーズワース&ラスキンを訪ねての商品情報をAmazonで見る" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a><br /><a href="http://www.bookoffonline.co.jp/display/011,iscd=0012974052" name="ピーターラビットと歩くイギリス湖水地方―ワーズワース&ラスキンを訪ねての商品情報をブックオフオンラインでチェックする" target="_blank">ブックオフオンラインでチェックする</a><br /><a href="http://allconsuming.jp/item.cgi?asin=4533059422" name="ピーターラビットと歩くイギリス湖水地方―ワーズワース&ラスキンを訪ねてのブログでの評判をAll Consumingで見る" target="_blank">All Consuming でブログの評判を見る</a><br /><a href="http://crossreview.jp/product/4533059422" name="ピーターラビットと歩くイギリス湖水地方―ワーズワース&ラスキンを訪ねてのクロスレビューを見る" target="_blank">crossreview のレビューを見る</a></div></div><div class="allconsuming-footer" style="clear: left"></div></div>]]>
        
    </content>
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    <title>壁にぶつかる登場人物</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sekai-ai.com/analysis/character-with-pressure.html" />
    <id>tag:sekai-ai.com,2009://1.60</id>

    <published>2009-05-08T06:11:55Z</published>
    <updated>2009-05-08T06:15:33Z</updated>

    <summary>壁にぶつかった登場人物が迷い、悩み、類型に従って行動するパターンは三つに分類できます。</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="作品分析・評価" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sekai-ai.com/">
        <![CDATA[<p>今回も軽めの話です。</p>

<p>以前に<a href="http://sekai-ai.com/novels/johnlennon.html">『ジョン・レノンを信じるな』</a>の分析をしたところで、主たる登場人物は大きく三つに分類できると、そんなことを書いたことがあります。<br />
賛同してくださる方がいるかどうかは考えずに自説を展開していきますと、掲げた三つの分類は凡そ以下のとおりです。</p>

<ol>

<p><li>現実からドロップ・アウトしてしまうタイプ</li><br />
<li>狂気の世界で行動してしまうタイプ</li><br />
<li>現実社会に向かって歩きだすタイプ</li><br />
</ol></p>

<p>壁にぶつかった登場人物が迷い、悩み、類型に従って行動する小説が他にもあったような――と考えていると、<a href="http://sekai-ai.com/novels/kimiseka.html">『きみの知らないところで世界は動く』</a>もそうなんですね。<br />
主人公（ぼく）が３番なのはいいとして、あとの二人は――ジーコが１番、カヲルが２番でしょうか。<br />
何とも言いようがありません。あまり分類したくはないというか......ザラリとした感覚が残ります。</p>

<hr />

<p>さて、本題。</p>

<p>『世界の中心で、愛をさけぶ』はどうなのでしょうか？<br />
主な登場人物が壁、それもどうしようもない壁にぶち当たるところまでは、上記二作品と共通しています。<br />
サクは、アキは、祖父は、どこに分類されるべきでしょうか？</p>

<p>白状しますと、私には分類できませんでした。<br />
全員が現実社会にきっちりと向きあっているような、そんな気がして。<br />
実はサクは１番なんじゃないか。いや、アキこそ１番じゃないか。そんなことを考えていると、胸のヘンなところが痛くなってきます。</p>

<p>二人に思いっきり感情移入してしまった私としては、壁にぶち当たっても前を向いて生きていかなきゃなあ、と思った次第です。<br />
人生について考えさせてくれる小説って、いいですね。</p>]]>
        
    </content>
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